- 更新日: 2017年05月09日
- 公開日: 2017年05月08日
「目指しているのはライフスタイルの変革」——ソニーの新コンセプト”Life Space UX”責任者 斉藤氏インタビュー
ソニーが2014年に発表した新コンセプト「Life Space UX」。これまでの家電のあり方とは違い、空間と機器の力が合わさることで、新しい体験を提供することを目指したプロジェクト。同プロジェクトを率いる斉藤博氏に、コンセプトが生まれた背景、そして未来を伺いました。
(ソニー本社ビルにある「クリエイティブラウンジ」にて話を伺いました)
斉藤 博氏
ソニー株式会社 TS事業準備室 室長
ソニー入社後、商品企画業務や海外でのマーケティング活動に従事。カメラ事業やゲーム事業等で多岐に渡る商品の企画を統括した。特に、ミラーレス一眼NEXシリーズやPlayStation® 4など、新規性の高い商品の立ち上げを多く担当。
現在は社長直下のプロジェクトチーム、TS事業準備室で室長を務め、「Life Space UX」のプロダクト開発を率いる。
「住空間を自分好みに変える」がコンセプト
- 本日はよろしくお願いします。まず「Life Space UX」とは何か? を教えていただけますか。
斉藤 博氏(以下斉藤氏):Life Space UXは、人の住む空間、つまり住空間をアイデアと技術で変えようというコンセプトです。
家は、世界の中で、唯一好き勝手できる場所です。その場所を、自分好みの空間にできることに、このコンセプトのバリューがあると考えています。
- 「自分好みの空間にできる」ですか。
斉藤氏:はい。これまでの家電の考え方は、住空間に設置して使うというものでした。空間の中に一つ一つ家電を足していくという発想です。
そういった家電中心の発想ではなく、住空間を中心にした発想で開発を始めたプロダクト群が「Life Space UX」です。
それぞれのプロダクトが「ものを使う」のではなく、「住空間をどうやって自分が好きな空間にできるか」を考えて開発されています。
- 現在展開している4つのプロダクトがそうですね。
(Life Space UXコンセプトとして発売中の4プロダクト)
斉藤氏:そうです。全てのプロダクトが、自分らしい空間を自由に作っていただくことを目的に開発したプロダクトです。例えば「ポータブル超短焦点プロジェクター」は、壁際に置くだけで80インチまでの大画面が出せるという特長があります。
動画はこちら (置くだけですぐ映像が映写できる。操作はスマホで行う)
今までのプロジェクターやテレビは、設置した場所に移動しないと映像を見ることができませんでした。しかし、このプロジェクターであれば、壁際やテーブル面に置くだけで良いので、部屋のなかの見たい場所に映像を映写することができます。
置く場所やレイアウトといった、家電の制約を取り払い、むしろ「人のいるところに向かう」という発想から生まれたものです。制約がなくなることで、もっと自然に、生活の中に新しい体験が生まれるようになります。
寝室でテレビの代わりに置く、オフィスの会議スペースに持ち込むなど。それぞれが使いたい用途で、使いたい場所に持ち運ぶことができます。
- 「体験を自分でつくる」というのは、好きな場所で好きな体験をするために家電を使う、ということなんですね。
斉藤氏:そうです。同じLife Space UXの製品である「グラスサウンドスピーカー」「LED電球スピーカー」「4K超短焦点プロジェクター」も全て、そういった意図で開発を行なっています。
ただ「おしゃれなデザイン家電を作っている」のではなくて「体験をつくることができる」プロダクトを「生活に馴染みやすいデザイン」で作っているというわけです。
「あるべき場所に家電がない違和感」
- 「住空間中心の発想」が生まれるまでには、どのような背景があったのですか?
斉藤氏:そもそも、TS事業準備室という、社長直下のプロジェクトが発足したのが2013年の春。その頃にはLife Space UXのコンセプトはまだ生まれていませんでした。社長の平井が「ソニーという会社は、色々な新しいことをリスクをとってでも挑戦していくべきだ」と言って、チームが立ち上がり、多くの新規事業にアサインされてきた私が、チームの立ち上げメンバーになりました。
- 社長直下の新規事業チームですね。
斉藤氏:そうです。このチームは少し特殊で「普通の家電カテゴリから外れたもの」であればなんでもやっていいと言われています。さらには、新規で製品を出すためのチームなので、何かを生み出さないと怒られる。なんでリリースしないのだ、という具合です。
リリースをした後も、売上がどうこうといったKPIは求められません。中長期的に見て、新しい概念や製品はすぐに芽が開くものではない、という意図があります。ですので、売上どうこうは指摘されない一方で、トライやアクションする速度はかなり重視されています。
- その新規立ち上げの流れの中でコンセプトが誕生したのですね。
斉藤氏:Life Space UXのコンセプトは2013年の秋頃に出来て、数ヶ月後に発表しました。最初は企画を探すために様々なリサーチを行いましたが、コンセプトを詰めるきかけになったのは、社内外問わず色々な人と話しているうちに、トラディショナルな家電観と最近の価値観にギャップがありそうだなと感じたことがきっかけです。
- トラディショナルな価値観と最近の価値観の違いですか。
斉藤氏:はい。インテリア関連の雑誌を見ていると、素敵な住空間には、家電が載っていないということにふと気付きました。なぜ家電が載らないのか、ということを考えて、まずはデザインの側面を考えました。AV機器のデザインや世界観と、現在のライフスタイルが合わないのではないか?と。
ですが、その時に「家電が掲載されないのは、デザインだけではないんじゃないか」と考えるようになりました。
つまり「生活に家電が溶け込んでいない」ということです。デザインはもちろんですが、ライフスタイルそのものに、機能や体験が馴染んでいないのではないかと。
私たちはそこを変えるために「このプロダクトを作ったら、どういう空間ができるか」「どういう空間をつくれるか」という視点を起点にプロダクトを作ることにしたのです。
その考え方を持ってからは、住空間を体験から良くするプロダクトを開発するための社内技術も見つかり始めました。
- それで開発されたのが、4つのプロダクトですね。
エンジニアの情熱がチームを動かした
- プロダクトを開発する中で、苦労したことなどはありましたか?
斉藤氏:苦労という言い方は正しくないかもしれませんが、技術探しには力を入れています。4つのプロダクトには、どれも違う技術が入っています。全部それぞれ、違う技術開発の部署で活躍しているエンジニアが担当をしているのですが、その背景にも面白みがあります。
- どういうところでエンジニアの方が関わっているのですか?
斉藤氏:そもそも、TS事業準備室として技術を探す前から、ソニーの中には自発的に技術を開発して、製品化を試みている人が多くいました。
例えばグラスサウンドスピーカーを開発したエンジニアは「ライフスタイルを変える」というところから考えて、色々な素材を使って、スピーカーの音の出し方を試していました。結果として、ガラスが非常に良い音を出すことに気付き、実験的にプロトタイプを作って、社内の技術展示会に出したりしていたんです。
「ポータブル超短焦点プロジェクター」の開発担当、ソニーの厚木テクノロジーセンターで開催される厚木夏祭りというイベントに社長が来た時に、どこかにこの製品を出してくれ!と直談判していました。
そういう人たちが、情熱を持って、技術開発をしてくれた。私としても考え方、技術がマッチして製品化することができて嬉しいと思っています。
- もともと技術開発している、情熱があるというのはすごいですね。
そうですね。商品を作るときにも、彼らが原動力になってくれました。この事業準備室が特殊な点がありまして、チームにはエンジニアがあまりいないんです。
開発をし始めるとエンジニアが量産設計をしますが、そもそもこの事業準備室では常に新しい製品の開発をすることがミッションなので、次に何をつくるか、どういう技術を使うかが決まっていない。だから専門の人を抱えすぎると、次にやることがなくなる、という可能性があります。
なので、何を作るかを決めてから、その技術に精通している人たちを集める。そしてプロジェクトが終われば、また元いた部署に戻ってもらうという仕組みなのです。
- プロジェクト形式で進めているんですね。
その際にはやはり、もともと違う部署で、違う考え方、言語で開発をしていた人たちなので、一つのチームになるのは難しいこともあります。ですが、基本的にソニーに入ってくる人たちの多くが、新しいものをやりたい、と考えている人たちです。既存製品の開発ではなく、新規に関われるということでモチベーションは高い。そこに、先ほども言ったような、自分の技術に対して熱量のあるエンジニアの方が入ることで、一つのチームになっていく、というのを感じました。
- 技術の発掘はこれからも行われるんですよね?
斉藤氏:もちろんです。Life Space UXが浸透するまでは、自分たちで社内を回って探していました。途中からコンセプトが認知され始めて、だんだんエンジニアからの応募というか、こういうことをやりたい、という連絡などがくるようになった。
コンセプトベースで進めているということで「暮らしを変えたい」という思いと方向性が他部署のエンジニアに刺さり、共にプロジェクトを進めてくれる仲間が見つかりやすくなったのだと思います。
人々のライフスタイルを変えるプロダクトを生み出し続ける
- プロジェクト公開後、どういった反響がありましたか?
斉藤氏:おかげさまで反響は大きく。大きく分けて2つの反応がありました。1つは、住空間に関わる仕事をしている人たちから、すごく面白いとの声をいただきました。
話を聞くと、家電に対して色々考えることがある方が多くいらっしゃいました(笑)
2つ目は一般の人たちからで、既存の考え方を塗り替えて新しいコンセプトを打ち出す姿勢がソニーらしくて良い、という声をいただきました。
- やはり住空間を自由にする、という価値観が受け入れられたんですね。
斉藤氏:嬉しい声をいただく一方で、少し苦労する部分もあります。このプロダクトたちは「体験してみる」というのが重要なポイントなので、Web上や情報だけでは伝わらないものがけっこうあるんです。例えば会議室で伝えても伝わらないけど、住空間で使ってみるとイメージしやすい。ただ、魅力を伝えるために場のセットアップをするというのは少し大変ですよね。そこは色々と工夫を凝らしている部分でもあります。
そのような背景から家具雑貨系の企業とコラボレーションをするなどの試みを行なっています。
(商品使用シーンを提案し、販売する試みとして、2017年4月15日-6月30日に期間限定でインテリアショップ「Life Space Collection 表参道」を開催)
(ライフスタイルショップのリビング・モティーフと連携し、さまざまなライフスタイルにあったLife Space UXの商品使用シーンを体験できる)
動画はこちら (自宅で利用しているような感覚で製品を体験することが可能)
- 少し話は変わりますが、そういう視点では「個人の体験の作り方」がポイントになると感じます。実際に購入された方で、ユニークな「体験」をしている方はいらっしゃいましたか?
斉藤氏:個人事業主や、SOHO的な働き方をしている人が、家のテレビをなくして「ポータブル超短焦点プロジェクター」に切り替えているケースがあります。そして、営業や打ち合わせに行く際には、それを持ち歩いてプレゼンをするときにも利用するという使い方ですね。
あとは、LED電球スピーカーは、スマートフォンとBluetooth接続をして、ペンダントライト等に入れて、ワイヤレスで音楽再生ができるという特徴があります。、これを活用して、ホームパーティの際に音声通話をつないで、来れなかった人との会話を、天井から降り注ぐ「神の声」のようにするという使い方をしている人もいました。ユニークだなと思いましたね。
お客さまそれぞれの使い方や楽しみ方が生まれてくるのは嬉しいなと思います。
- ありがとうございます。「神の声」面白そうですね。最後に、今後の展開についてお伺いできますか?
ソニーの技術で強い領域のとして挙げられるのが「映像」と「音響」です。その組み合わせで、今までのLife Space UXのプロダクトが生まれました。空間を構成する要素は五感で感じるもの全てが含まれ、映像と音だけには限られないので、もっと広げて考えてみれると良いと思っています。
いまは「家」が「みんなにとって特別で、好き勝手できる空間のはずなのに、どこか似通ってしまっているのではないか」という感覚があります。それを「家をもっと特別な場所にする。外とはまた違う空間にする」というところを目指しています。
その方向を目指して検討を重ね、先日ラスベガスの見本市でコンセプト発表を行ったのが新4Kプロジェクター - It's all here - です。
(画像はアメリカ・ラスベガスにて開催された「2017 International CES」にて発表した新コンセプトのイメージ)
4Kの新しい超短焦点プロジェクターで、”本屋や雑貨店で散策をしている時のように、予期せぬものに出会える”という体験を家の中で実現できる、というコンセプトです。
例えば800万冊の本が置かれている本屋に、いつでも家の中からアクセスできるとしたら…お気に入りのレコードショップに、いつでも家の中からアクセスできるとしたら…そういうワクワクした感覚を、家の中に持ち込みたいなと考えています。
- なるほど。「何かを探す」という体験を家の中でできる。面白そうですね。発表も待ち遠しいです。それでは本日はありがとうございました。
(インタビュアー・構成:大沢俊介)
【インタビュー後記】
新しい技術を用いて、これまでの家電の価値観自体を変えていく。これまでも数々のプロジェクトを率いて来た斉藤さんの新プロジェクトは、ライフスタイルをよりよく変えてくれそうだという期待に満ちていました。個人的にはポータブル超短焦点プロジェクターを買いたいと思っています。
- この記事を書いた人
- 大沢 俊介